裁くという重責

Vol.4-6-83 裁くという重責
2020.04.6

2003年の<呼吸器事件>。植物状態の男性患者(72)が死亡。翌年、県警は人工呼吸器の管を外したと自白した看護助手Nさんを殺人容疑で逮捕。
Nさんは公判で否認したが一審で懲役12年の判決を受け2007年に最高裁で確定。
12年の服役を終えた。しかし第二次再審請求審で不整脈による自然死の可能性や虚偽の自白の疑いを指摘し再審が決定。結果、無罪が確定した。

事件の概要はこんなところだが、どうもスッキリしない感情が残った。
もう17年になるのかと改めて思ったが、当時のニュースを断片的に覚えている。
軽度の知的障害があると、今回初めて認識したが、当時も映像からみる表情に若干の違和感を抱いたのを記憶している。

その後、裁判の経緯の記憶はない。
しかし、今回無罪判決後のいろいろなニュース記事を見るにつけ「裁判とは何だ!」と思った。

アメリカ流裁判映画は良く見る。法廷での論争は人の心理を巧みにあぶりだし、意表をつく展開は映画を楽しむという点において、法廷映画は確固たる位置を占めていると思う。
ただ、映画では検察と弁護の闘いという構図で成り立っている。現実と映画の違いは歴然としてあるのだが、本来真実は何であるか?を追及するのが本質であって、「被告に嘘はないか」、「検察の不正はないか」が問われなければならない。
その結果、裁判官が適正な判断をし、判決が下されるのだと思う。

ジイが被告だったらと思う。やってないことは「やっていません」と言い切る。己の命がかかっていればなおさらだ。が、今回の事件は取り調べで自白している。その後の公判で「私は殺していません」と無罪を主張したが、覆ることなく12年の懲役が確定した。疑問は自白のなぜ?にある。

12年の服役後、無罪を勝ち取ったとは言え、当時23歳だ、出所した時すでに40歳を数える歳になっている。
まさに、青春の真っただ中を獄中で過ごしたことになる。
無罪になったことは喜ばしいことだが、12年の青春は返らない。しかし、Nさんの表情を見る限り、検察への強い憎悪や奪い取られた12年の青春を悔やむ表情も言葉も聞かれない。

たしかに「完全無罪を勝ち取った。やっと普通の生活に戻れる」と喜びを語り「民事裁判でも闘っていかないといけない」と意欲をみせたものの、強い執念というより、弁護団や家族に支えられた言葉のように思えた。
そこには知的障害という健常者にない優しさが宿っている。

今回の無罪判決後初めて明らかになったのは、その優しさを利用した取り調べ刑事の存在である。
若い刑事だと言う、最初は厳しい取り調べを行い、様子を見て態度を軟化させていく、その過程で知的障害のあるNさんは刑事の優しさを垣間見て、恋愛感情をいだくようになる。自分に対する特別な感情を読み取った刑事は、内規に反し、ハンバーガーを差し入れたり、優秀な兄に劣等感のあったことを聞かされた「君も賢いよ」と優しさを演出、強い影響力を独占し供述をコントロールしていく。女たらしの刑事が彼女の心をもてあそぶ、映画にありそうなストーリーを地でいっている。
最悪も最悪、相手は知的障害者である。反吐が出るほど許せないクズ刑事だ。

自白によって起訴されることになれば、取り調べ刑事の役割は終わる。

「会えなくなるのが寂しい」
「離れたくない。もっと一緒にいたい」
「 “頑張れよ”と励ましてくれた」

まるで恋人同士の別れのシーンそのままである。
表情と心がまるで違った刑事を信じた彼女の、偽りの恋は自白で幕を閉じた。

12年の刑が確定する暗黒の未来を、この刑事が確定したとも知らず一瞬の恋に酔った彼女が哀れでならない。

この重いテーマに軽口はたたけないが、Nさんの初恋だったのだろう。

この裁判過程で浮かび上がるのが、「刑事は自白に追い込む」「検察は罪を負わせる」「弁護士は無罪を勝ち取る」というそれぞれの役割である。

残念なのは、最初の取り調べ刑事の「本当にNさんが、殺人を犯したのか?」、その真実に徹底的に向き合ったとは思えないことだ。自白を誘導するために知的障害者への卑劣な手段も辞さない執念は見せたが、真実を知ろうと彼女の瞳を真正面から見つめ真実を知ろうとする情熱は読み取れない。

ジイは刑事ではないのでわからないが、若い男性刑事は、ただ起訴に持ち込むための自白だけが目的だったとすれば、悲しい限りだ。
事件の真実を見ようとする心がなかったのが残念でならない。

相手は知的障害者だ、心の中の曇りを無くし、取り調べの都度1分でいい相手の瞳の中を凝視しする時間を持てなかったのか、何かを察知できたはずだ。裁くことの重責を認知できず、純粋な障害者を無実の罪で12間独房に入れてしまった代償を生涯背負うことになろう。

自白の重みを知る思いである。

この事件後、明らかになったのは
患者の死因は「致死性不整脈の可能性」や県警が指摘していた「患者がたん詰まりで死亡した可能性がある」ということが判明した。

県警の報告書は再審の確定後に提出されている。立件に不利な証拠を隠ぺいしたとの疑いも浮上した。

世の中に悪いヤツはいっぱいいる。そんな奴を見逃すことがあってはならない。
障害者は大目に見よと言うのではない。障害があるからこそ健常者にはない心の弱点を補いながら、真実を追求する強い優しさがほしい。

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雑記

Posted by 秀木石