パラサイト

雑記

Vol.2-15-32 パラサイト
2020.02.15

先日、話題の映画「パラサイト」を見た。
思いもよらない展開とテンポのいいスピード感は、観客を退屈させないという意味において、エンターテイメント性はあった。
しかし、読後感と言おうか、後味の悪さが残る作品だった。

果たして、アメリカ・ハリウッドはこの映画に何を期待したのだろうか。

ジイはハリウッド映画はエンターテイメント性の高い、007やダイ・ハード、インディー・ジョーンズ、ターミ・ネーターなど得意分野はともかく、最近のアカデミー賞作品は、末永く愛されるという期待に応えられなくなっているような気がする。

アカデミー賞はハリウッドの映画関係者が選考しているので、必ずしも芸術性や作品の完成度の高さで選ばれるわけではないという。
それにしてもハリウッド自身が、経費圧縮という側面はあるにしても、腰を据えて作品を作ろうという情熱が薄れてきたのではないのか。

例えば、ベン・ハー、カサブランカ、風と共に去りぬ、ウエスト・サイド・ストーリー、サウンド・オブ・ミュージック、マイフェアレディなど昔のアカデミー作品ならすらすら出てくるが、ここ10年のアカデミー作品など、思い出そうとしても出てこない。記憶に残るのは、ダイハードやスター・ウォーズ、ターミネーター、ロボコップ、バットマン、インディーンジョーンズ、ミッション・インポッシブルなどエンタメ性の高い作品しか思い浮かばない。

そんな停滞気味のハリウッド映画界に「パラサイト」という奇想天外なストーリーと現代社会に潜む格差を見事に表現したとして、一つのショック療法として飛びついたような気がする。

パラサイトが悪い作品と言っているわけではない。
作品としては良くできていると思うが、核シェルターのような地下のみで生きる人間のリアリティと、家主が出かけた後のちょっと桁外れの振る舞いは、寄生リスクへの配慮不足が、若干リアリティに欠けると感じた。もし観客のドキドキ感を求めようとしたのであれば、他の演出方法があったのではないかと思う。
あくまでも、韓国文化をよく知らないジイの感覚でしかない。

ジイはこの作品については後味の悪さもあるが、エンターテイメント作品なのか、ホラー作品なのか、社会へのメッセージを強く意識したのかはっきりしないところに、落ち着きの悪さを感じる。
そんなモヤモヤが晴れず、個人的にはアカデミー賞作品として、末永く愛される作品となると疑問符を付けざるを得ない。

ただ、後半の気持ち悪さと、残酷な結末をも評価するとしたら、ホラーとしての作品価値は高いかもしれない。

一方、世界には三大映画祭とされる「カンヌ国際映画祭」「ベルリン国際映画祭」「ヴェネツィア国際映画祭」がある。対象が広いだけ、アカデミーとはまた違う質を保ち世界の映画を支えている。

しかし、アメリカ映画だけが衰退しているわけではない。
日本もアメリカもヨーロッパも1950年~1960年代に多くの傑作が生み出されたことを思うと、渇望期にこそ人間のエネルギーは惜しみなく賛歌するのであろう。
その意味において、日本を含め本当の飢えから脱した現在に、かのエネルギーを求めること自体ナンセンスなのかもしれない。