教育困難校

日本 雑記

Vol.2-27-44  教育困難校
2020.02.27

教育困難校、、、
初めて耳にする言葉だ。
たまたまラジオに流れていて耳にした言葉だが、内容を知るにつけ驚愕の事実を知った。

高校生である。
教室で暴力や歩き回って授業が成立しない。という以前からある教室破壊や学校破壊とはまた違う問題である。

掛け算、割り算ができない。
アルファベットがまともに書けない。
要するに小学校レベルの義務教育が完了していないと思えるような高校生がワンサといる学校の事らしい。
うっそー!と思ってしまうのが、普通の感覚であろう。

なんと、そういう学校が全国で20%~30%もあると言うから驚きである。
にわかに信じがたいところだ。

その理由とは
*家庭環境・家族関係が不安定。
*収入が不安定。
が主な理由だという。
最近は、補修などはタブレット端末で行う児童が多いそうだが、経済的に困難な家庭には大きな負担となり、買って上げられないと言いう。

え~、タブレット端末がなくても掛け算、割り算や、アルファベットなどはできると思うが。
どうも納得いかない。
ジイの孫などは、小学校1年生だが、難しいゲームや、簡単な絵本などは読める。アルファベットなどはすぐ覚えそうな勢いである。
すでに将棋は愚妻をも負かす力を持っている。

その孫が特別優秀だとは思わない。
我が身の小学生時代を振り返っても、もちろんタブレット端末もスマホもない時代である。
悪がきも、ごく普通に勉強の苦手な友達もいた。しかし、割り算、掛け算、アルファベットが書けない生徒はいなかった。

もし、教育困難校がこれほど多く存在するとすれば、これこそ日本の危機と言ってもいい。
これを危機と認識せず、桜ばかりを追及する野党、そのことを問題化し、且つ喫緊の課題として取り組まない政府と文科省は国家反逆罪に相当する深刻な問題だとし、ジイは告訴したいほどだ。

ラジオだから数分聞いただけの事だが、少子化で困ったどころの問題を遥かに超えた絶望的将来を予感する出来事だ。
少子化かだからこそ、少数精鋭で日本をささえ、世界と対峙しなければならない時代に入っている。
落ちこぼれを作れる余裕などないはずだ。政府も野党もこの問題こそ真剣に議論すべき問題である。

会社でも、昔の偉人は必ずや言う。会社は人材ありきだと。
政府は義務教育をすでに無償化にした。そのことはよかった。
さらに高校、大学も無償化もしくは補助制度が実施されつつあるので、今後は、貧困だから学校に行けないということはないということはなくなるはずである。

ある時期から日本は、核家族という言葉がつかわれるようになった。その頃から家庭の砂漠化が始まってきたような気がする。
その内、鍵っ子という言葉も流行った。すでにこの頃から、親の愛情は「ふれあい」から「金」へシフトされていったのだろう。
子供を車に置いてパチンコをしている間に子供を熱中症で死なせる事故も頻繁に起きた。
最近は、子供への虐待は日常茶飯事、大人の幼児化
公園で子供を遊ばせ、スマホに夢中になる母親。

子供との密着度が希薄になり愛情が極端に不足することによる子供への影響ははかり知れない。子供の体内に存在する情緒というものが育たず、能力・体力すべてが貧困へのベクトルとなる。
決して金銭的貧困が原因ではないとジイは断定する。

教育困難校における指導は、学力を向上させる前に、幼児や小学校低学年の児童を相手にするようなレベルの、教科教育よりもマナーや道徳が主な指導となるという。

今後は、小学校教育に英語が入ってくるが、そんなことをやっている場合かと思う。
それでなくても先生は忙しいという中、子供の心と接するという小学校では最も重要な事案をそっちのけにして落ちこぼれ生徒の再生産に励むことになろう。

英語となれば、金持ちはさらに英語塾へ通わせ、もっと言えば、外人家庭教師をつける家庭も出てこよう。
そうすれば、されに教育格差は広がる一方である。

少なくとも、小学校時代。昔から言うように、読み書きそろばんではないが、新聞が読める程度の漢字を覚え、簡単な計算ができるように掛け算、割り算程度の基本までは、先生の責任でもあり、親の責任であるはずである。
それができなくて義務教育を終えようとするなら、小学校としての存在価値はなく、校長、教頭は即刻解任するほどの規定を最低限設けなくてはならない。

よほど優秀な生徒は逆に2階級進級する制度もあってもいいと思うが、数少ない子供たちをもっと大事にしなくて日本の未来はない。

野党の議員よこの「教育困難校」という言葉と、実態を知っているか。最近、高校でも虐待があると、新聞で報じていたが、もっと深刻な問題だ。
頼むから、命をかけて義務教育の重要性をもっともっと国会で追及しろ。
何度も言う。教育の再生なくして日本の未来はないと認識せよ。
英語どころではない、学校現場の悲惨な事実を国会で赤裸々に語ってもらいたい。そして日本中に知らしめよ。

野党も与党もない、日本の明日がかかった問題だ。